僕のおもちゃ箱には

僕が僕であることを知る前から

沢山のおもちゃがあった


誰に買ってもらったか

覚えてはいないおもちゃと

誰かが使い終わったおもちゃと

そして自分で選んだおもちゃもあったのだろう


一つ一つに魂があったに違いない


それぞれ満遍なく

それぞれの歴史があったに違いない


例えばそれは

永遠にボールがループするおもちゃだった


電気の力を借りて

重力の力を借りて

上がったり

下がったり

時には滑らかなカーブを横切って

騙されたふりをして

そしていつもの場所に戻っては

また騙されたふりをした


無限のループを見るのが好きだった


騙されたふりを

いつも新鮮に演じてみせる


そしてまたホッとしながら

滑らかに下るボールを見た


いつの頃か僕は

あのおもちゃをすっかり忘れて

いつの頃か僕は

新しい刺激に夢中になった


あの曲線を描く

おもちゃはどこに行ったのか


誰かが使い終わったおもちゃになって

誰かのループを演じて見せて

誰かがきっと騙されたふりを演じて見せて


あの頃の僕のおもちゃ箱


きっと今の僕が出会うことができるなら

夢中になって騙される


あの頃に戻って

あの頃のループの中で




夜明け前

それは一番

気温が下がる時


誰も起きていない

そんな時間に

一人自分と向き合うあなた


もうすぐ夜が明ければ

どんどん暖かくなる


一人向き合うあなたに

あなたに朝が来る


夜明け前の

寒さを知る

あなたは

きっとたくましく

朝を歩くに違いない


凍えた両手で

糸を解いて

まっすぐ今日を

明日へ紡ぐ


夜明け前を知る

あなた円は

きっと

美しく

放物線を描いて


きっと

たくましく

凛と精悍に

縁を描く

押しボタン

未来が自分の手によって変わる

その瞬間を

ワクワクしながら待つ


未来が変わる

自分の手で変わる


ボタンを押した

抵抗のあと

わずかだけ

指先に残る

感触の分だけ

大人になった


未来を変える

大きなボタン

押したい自分

押せない自分


あの日のように

すっと自然に

押したい時分

押せない抵抗


大人になった

それだけで諦めた


あの日のように

押せない自分は

その言葉で

自分を慰めた


あの日手をひいてくれた父親


あの日のように誰に手をひかれて

ここまで来たのだろう


あの日にように

誰の手をひいて

どこに行くのだろう


あの日の自分

今日の自分


同じ自分

同じ時分


黄昏の時間

同じ時の感間


あの日のように

そっと押したい未来

あの日のように

未来を信じて


あの日のように

前に進むためだけに


例えば幸せのうちに終える夜

鏡の前に映る僕に

明日が最後の日ではないと

誰が言えるだろう


朝が来ない夢を見た

とても鮮明な夢とともに

ぼんやりと今日が始まった


溺れて死んだ少年は

昨日の今頃

そんなことなど思いも知らず

夢の中にいたに違いない


人は死ぬ

いつか死ぬ

今日かもしれぬ

明日かもしれぬ


今日死んでもいいように今を生きよと

人は言う


そんなことはできるはずがあるまい


今日死んだって

一定の後悔をし

一定の満足で終えるのだろう


ただ一つ言えることは

直近の今晩が

幸せのうちの終える夜でありますように


直近の今晩が

できうる限り

後悔にないように


ただそれだけのこと

ただ

そんな風な夜

真っ赤なトマトの実がなる頃には

どうやら季節というものが必要らしい


まだまだ凍てつく寒さが残る2月の終わり

たった一粒の種にまで全ての話は遡る


可憐に芽を出す2つの若葉

寒さに耐えて、夏のその日を思い出すのか


生まれ落ちた瞬間が

結局一番の境界線


誰に言われるでもなく

スイッチを押すように

その日を選んで生まれる命


夏のその日

真っ赤な実をつける日を夢見たのか

それとも

ただ、いまを生きることに夢をつないだのか


選ばれた命だけが実を結ぶのならば

一体何がその境界線を引くのだろう


それでも

それでも一瞬の賭けに

命を賭けて

姿をあらわす2月の終わり


たまらなく愛おしいその日の思う


夏の日の夢を描きながら


その日を思う


あの日のように

芽を出す賭けに


僕もきっとそうだったのだろうと

思い出せないその日を描きながら



あの日の僕

今日の僕


明日の僕に

昨日の僕


生まれた日に

死を迎える日


生まれる前に

死んだあと


ずっと前に

ずっとあと


しばらくぶりに

いつのまにか


ご機嫌な日に

不機嫌な日


道に迷った日

道を見つけた日


陰に陽に

太陽に月に


おはように

おやすみに


寂しい日に

嬉しい日


はじめましてに

さようなら


また会う日まで

また会えた日に


不機嫌な朝に

ご機嫌な夜


涙の一日に

幸福な一日


変わった季節

変わらぬ季節


いつだって僕

いつまでも僕


君だって君

どうしたって君


何が変わっても

何も変わらない


ぼくはぼく

きみはきみ


それでいいと

朝も季節も昨日も今日も

太陽も月も君だって僕だって

涙も笑顔も不機嫌もご機嫌も

はじめましてもさようならも

全て全てが申している


それでいいと、言っている

それがいいんだと、言っている



午後3時

一本の電話


あの日を境に

僕の世界は

僕ではなくなって

僕の世界は

3時で止まった


あの日のままの

今日を生きる


あの人の右手

いつも寂しそうな

あの人の右手


ふと

気がついた


いつの間にか

似てきた


あなたの右手に似てきた


このままいけば

同じように猫背になって

同じよう滲んでゆく


ただ

あなたの歳を超えて生きて行く


だけども僕は

あの日で止まった

時を超え


僕はきっと、生きてゆく


あの日を越したその日から

あなたを超えて

あなたを背負って

生きてゆく


その日はきっと

何も無かったふりをして

時を刻んで追い越してゆく


もしもその日を迎えたならば


この世に産んでくれてありがとうと

礼をして


そして未来を紡げばいい


今を生きて

その日を目指して

明日を生きる


きっとそれが

寂しい右手への報いだろう


寂しい右手は

いつかのリレーを超えて

今日のリレーを迎えて超える


鮮明に滲む

絵の具のように

まるであの日ふいにきれた

親指のように


あの日を超えて

今日を超えて